東日本大震災から2年、ただ逃げることだけを考えてました。 - 爺の戯言

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    東日本大震災から2年、ただ逃げることだけを考えてました。

     金曜の午後、会社を抜け出し、街に資料集めにでかけていました。

     駅前のビルの5階にいました。

     急に強烈な揺れが遅い、商品がカラガラと落ちる音、ゆらゆらとゆれます。

     お店の中央の客は、エスカレーター近くの柱につかまっていました。

     やや、若者の二人連れが多く、爺は自分だけです。

    20110324東日本大震災3

     ゆれがおさまったかなと思ったら強いゆれ、 あちこちから悲鳴が聞こえ、商品の落ちる音が続きます。

    20110329東日本大震災

     停電になるのてせはと、不安で、揺れながらも、非常口を確認していました。

      三度目の強いゆれがあり、とても長く感じました。

     でかい、でかい。

     数分も経ったでしょうか、ようやくゆれが収まり、今だ!と思い、非常口へと向かいました。

     非常口の扉をあけたとき、そこは真っ暗でした。

    ビル全体が真っ暗になったのか、非常口だから真っ暗なのかは定かではありません。

     階段が多少暗いので真っ暗に感じたのかもしれません。


     よく見るとし、ななめ下に光が見え。外へと出ました。

    今考えてみれば、5Fから2Fへ階段で降りたのですが、階段を下りている記憶はもうありません。


     上の写真は、震災後2週刊ほどたち、仕事で被災地に行った時の写真です。


     震災は、必ずまたやってきます。高い防潮堤や堅牢な建物を作っても、そこに住むのは、子供も老人もいます。

     今回の教訓を生かすためにも、住居は高台移転ということのほうがいいのでは思います。

     今回、大きな被害のあったところは、また遠い将来同じようなことになるのではと思います。


     自然の力を机上で計算した、防潮堤で防ぐことは不可能とは言わないですが、いつかそれを超える力で、もっと大きな被害

    をもたらすような気がします。
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