「韓国セウォル号事故」利益追求の結果じゃないのか。 - 爺の戯言

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    「韓国セウォル号事故」利益追求の結果じゃないのか。

     「韓国セウォル号事故」のニュースが頻繁に流されるたびに、チャンネルを変えてしまう。

     人命にかかわる大きな事故は、複合的な人為的要因が重なり発生しているこに他ならないと思う。

     今回の「韓国セウォル号事故」も、
    ・会社の船そのものの改造
    ・船自体の機能的な不具合
    ・積荷の量と積載方法
    ・漫然とした操作
    事故発生時の対処

     数え上げればきりが無いが、これらは全て、人の命という大事なことをないがしろにしているという事実のような気がする。

     一方規模の違いはあれど、最近の日本のバス事故も、同じことが言えると思う。

    ではこの様な大事故をどうして防ぐのかというのがなかなか難しい。
    思い浮かぶのは罰則規定だが、現在の法律ではこの様な事故の場合、船であれば航海士や船長など運航の管理者が責任を問われる。バス事故であれば、運転手がまず責任を問われる。
     経営責任者はさも原因は運行責任者のミスのような顔をして事故発生を謝罪する。


     こうして考えると、経営責任者は利益を追求する方策のみをより認識し、効率や利益を最優先となった中で安全や安全のための時間や費用は削られた中で運行される。結果としてまた事故はおこるべくして発生する。

     したがって、世の中のルールといいつつ、弱い立場の当事者のみが常に前面に立って責任を負うものはちょっと腑に落ちない。経営責任者も運行管理者以上に、法的な罰則を受けて、未来にわたって前科として何等かの規制や再演防止に向けた社会的制約があっても良いのではと思う。
     

     人命に係わる事故ではないにしろ、横領や脱税、直接かかわった者が悪いのはもちろんだが、上の立場の管理すべきだった非の法的罰則が低すぎるのではと思う。

     また、大企業ににればなるほど、コンプライアンスや安全教育など実施されるが、いざ現場から上の立場の者へそれを警告提示すれば、業務遂行、運営の妨げや邪魔な意見として受け入れられないのは現代の常のような気がする。

     社会的立場の高い者こそ、より大きな社会的責任を負うべきである。人命をないがしろにする運行は、人命や人命に直結する立場の人を最優先としない経営方針にあることは間違いない。
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